上橋菜穂子(著),瀧晴巳(構成・文) 「物語ること、生きること」

鷹揚の会: 平成26年1月例会
開催日: 2014年1月30日
レポーター: 得丸公明

失われた「おばあちゃん」、「偉人伝」、「汎神論世界」を補う日本のファンタジー小説

1 本書との出会い
吉祥寺の書店で文庫の棚に挟まれていた。上橋菜穂子の「守り人」シリーズは、1990年代に何冊か読んでいた。
2 本書の位置づけ
物語ることを職業とした自分について、著者が読者にわかりやすく語る本。心を許したインタヴューアが聞き書きしてまとめたもの

3 感想など
  1. 日本の劇画や漫画や物語は、主人公の心理状態を大切にして表現する。そこが諸外国の漫画やドラマと違っているのではないか。日本のドラマは、心を動かす力をもっている。ファンタジー小説も、心を惹きつける何かをもっている。
  2. おばあちゃんの昔話。僕の場合は、大分の吉四六さんの話を寝床で聞くのが好きだった。しかしあるとき、「その話は聞いたことがある。こうなってこうなるのでしょ」といったら、二度としてもらえなくなった。小学校高学年になって、おばあちゃんの昔話の続きとして、図書館で佐藤さとるの「あかんぼ大将」シリーズなどに出会い読みふけったものだ。
  3. 上橋菜穂子の「守り人」シリーズは、20年ほど前に、何冊か読んだ。大人にとっても面白かった。それは「なつかしいおばあちゃんの物語」であり、「失われた偉人伝」であり、「汎神論的世界観によって、人間を自然の一部として位置づける」ものだったからではないか。
  4. 人間には、夢が必要。夢のない人間は、いい仕事をできない。知恵を授け、夢を育てることが、おばあちゃんの物語の果たしていた役割ではないか。石牟礼道子もおばあちゃんのことを書き記していた。
  5. 相手に何かを伝えたければ、物語形式が有効かもしれない。
4 本書のなかで共感したところ
  1. p7 「ああ、書ける・・・・」というのは、論文でも同じ。自分のなかで、話が命をもった生き物のようにひとりで動き始める。
  2. p12 「すばらしい物語には、その作家ならではの呼吸やリズムがある」 そのリズムは、小波大波のようにフラクタルな構造になっている。
  3. p18 おばあちゃんによって「物語には、目より先に、耳から入った」。これは大切なこと。脳内で言語は音(内言)によって処理される。
    核家族によって、おばあちゃんが失われたことが、人類の不幸。子供に物語を聞かせて、一人前にするために、おばあちゃんはいる。ヒトだけの特徴。商業主義あるいは教会教育のためにそれが奪われた?
  4. p20 「子どもって、言葉の響きだけで、身体が反応してしまう」 文法を覚えるまでは、とくに反応がいい。
  5. p22 「人と獣の距離が近い物語」 日本の昔話には多かった。ヒトを動物の視線から捉える発想を教えた。  P51「どんなものにも、魂はあるのだから」汎神論。これは西洋にはもう残っていない?
  6. p33 スポ根漫画も最近は、はやらない?
  7. P43 「この世界には、未知のこと、わからないことがたくさんあって、どうしてそうなっているのかを、もっと知りたいと思う。」限りない知的好奇心。大切だ p71「人間は、いつから群れとなって社会をつくり、文明の中で暮らすことを選んだの」
  8. P64 「洞窟が好きなのです」 これは人類に共通では? 洞窟で進化したから。
  9. P70 「人間って、自分の目で見てから、それが起こってからでないと、それがどんなに危険だと言われても、リアリティをもってやめる気にならない」 言葉が意味をもたない。だから、子供心に物語で教えきかせることが大切。
  10. P80 「もしかしたら『生きる』ということ、それ自体が、フロント=最前線にたつことかもしれない。」 前衛。人類としての前衛を求めて、そこにたつという発想は最近あまり耳にしない。6万6千年の人類史の前衛という意識が大切では。
  11. 著者が気になる(嫌悪感): p82「わたし的には」は、文化人類学の相対主義の罠のようである。お互いを尊重するようで、埋めがたい溝が、溝のまま放置される。P84「相手の中によいところを見つけたら」素直にそれを選びとるのが本当の自由
  12. p85「国が滅びるとき、なにがおきるか」、、、敗戦国日本ならではの戦士の行き方。著者は武道好きな女の子だった。
  13. p176 「物語は、見えなかった点と点を結ぶ線を、想像する力をくれます。」科学にも物語が必要。人類の誕生について、科学的論文ではなく、学祭的知識を総動員した物語としてまとめてみようかと思うヒントをもらった。