酒井亨(著) 「台湾入門」
丸川哲史(著)「台湾、ポストコロニアルの身体」

鷹揚の会:  平成22年05月例会
開催日: 2010年5月21日
レポーター: 小川眞一

「台湾入門」

●言語ナショナリズム
言語族群:マレー・ポリネシア系「原住民」(2.4%)、漢民族「ホーロー人」(74.5%)「客家人」(13.2%)「外省人」(9.9%)

  • 蕃人(「原住民」)・・・多言語社会、それぞれ言語が違う
    「生番(生蕃)人」(高砂族)・・・タイヤル、ブスン、ルカイ、アミス、プユマ、サイシャット、パイワン、ツオウ、ヤミ(9部族)
    「熟蕃」(平埔族)・・・ケタガラン、カヴァラン、ルイラン、サオ、バブザ、タオカス、パゼヘ、パポラ、ホアニア、シラヤ(10部族)
  • ホーロー人(福佬人)・・「ホーロー語」(後に「台湾語」と呼ばれる)・・・(福建省の「閩南語」とほぼ同じ)
  • 客家(ハッカ)人・・・客家語(閩南語と広東語の中間的特徴)
  • 外省人・・・国民党政権と共に移住した大陸人(福建省、広東省、山東省、浙江省など)

●台湾人にとっての母語
  • 「母語」とは「生れてはじめてなじんだ言葉であり、3歳から12歳くらいまでの言語形成期に習得したもの」
  • 台湾の「母語」とは「国語」と対立する土着の言葉。土着の言葉とは台湾語(ホーロー語)、客家語、原住民の諸言語をさす。(但し、外省人第1世代にとっての「母語」は上海語、広東語など)
  • 歴史的に抑圧されてきた民族や集団は自分たちのアイデンティティや尊厳を母語に求めることが多い。
●言語対立の歴史
  • 混血種族が主流になり「分類機闘」(言語や習慣を同じくする集団が徒党を組んで、言語や習慣が違う集団との間で、「違う」というだけの理由で争うこと)・・・泉州系、漳州系、客家系、原住民の相互対立
  • 日本・台湾総督府の土着語研究(伊沢修二)と日本語同化主義政策、台日大辞典
  • 台湾の土着語は文字言語としては、確立していなかった。(文章語として確立している日本語)
  • 古典漢文は一般庶民には使えなかった。
    抗日派から、中国白話(北京語)文派の主張あるも日常不使用の言葉だった。
    台湾語漢字標記派の主張とローマ字表記派(蔡培火)の対立、漢字を使った日本語による植民地教育の普及
  • 日本統治時代の台湾語を使った流行歌「桃花泣血記」「望春風」「雨夜花」「月夜愁」「港辺惜別」などの名作500曲
  • 国民党の悪質な言語政策――台湾語・日本語禁止政策による台湾人の中国人化政策、(2.28事件など)、台湾語は”教養のない野卑な人間が使う言葉”のイメージ宣伝、「方言」(土着語)の使用禁止――「方言札」「罰札」「イヌの札」・・・・(ラジオ40%以下、テレビ20%以下)
  • 北京語よりも台湾語の方が通用人口多い。
●二つの「国語」対「魂の言葉」――文章語としての北京語と生活語の台湾語、台湾独自の精神や価値観を表す「母語」
  • キリンビールと台湾語CM曲のヒット「流浪到淡水」、台湾語ポップスの流行(日本演歌調のダサイ曲から若者向けカッコウイイ・ロック「抓狂歌(リャアコンコア、狂気の歌)」「向前走(ヒョンチェンキア)」など)
  • 台湾語映画「非情城市」「恋恋風塵」「多桑」「超級大国民」「天馬茶房」
●宗教は道教・仏教(大乗仏教)混交が主流
  • 台湾の道教・媽祖信仰は「航海の守り神」のみならず金儲け、子宝祈願など全能の神、台湾では、あまり儒教が発達していない。
    仏教的世界観が優勢でキリスト教は普及しなかった(約3%))、信教の自由が保障
  • 複数の社会的ネットワーク(同窓会、同郷会、教会など)、会社は重要でない。
  • 生活様式―マレー系のものが混じる。冠婚葬祭は盛大、偶数が好き、にぎやかな葬式
●「台湾独立」の意味p36-p40
  • 「独立」「統一」とは:「中華人民共和国の一省として統一される」(投降)、「中共が崩壊して「中華民国」が中国を統一する」(大陸反攻)、「中共でも「中華民国」でもない新たな「中国」として統一」(第三の道)、「穏やかな連合」(国家連合)どれか?
  • 「台湾独立」とは中国=中華人民共和国から独立した国家をつくると受け取られている。
    国際社会の現状維持とは、「台湾が中国の一部として支配されているはずの現状維持」と誤解。(国際社会では「中華民国」は現在存在しない。中華民国の持っていた権利の多くは、そのまま中華人民共和国が引き継ぐことになっている。)
    しかし、台湾住民にとっては、「現状維持」とは、「中華民国」が台湾に土着化したうえで、独立した国家として存在している現状を維持するという意味である。
    将来の方向性として「中華民国」を完全に台湾のものに作り替えようとする意図も含まれている。
  • 「中華民国」が中国を統治するという虚構が、完全には消えていない。
    建前上の領土は「モンゴルと中国大陸(チベット、ウイグル、内モンゴル含む)と台湾」である。(「中華民国」の表現を避けてすべて「台湾」といいかえると、「台湾の独立は1912年」などという間抜けた話になる。・・日本のマスコミ表現)
●認同の問題p33・・台湾人か中国人か
「自分が何人なのか」の難問
新人類「15-30歳」へのアンケート調査:1995
「台湾」69.7% 「中国」21.5%、「日本」0.3%、「アメリカ」0.1%
16世紀以降オランダ、スペイン、清国、日本、中国国民党が入れ替わり支配し、常にポジションが曖昧だった。
「中国の一地域なのかそうでないのか」でも曖昧であり続けることを強要されてきた。
戦後の本省人の潜在意識は「台湾人は中国人ではなく、台湾は台湾独自の国として独立すべきである」(タブー)、国民党政権の模範解答は「私は中国人」もしくは「中国人で、かつ台湾人」であり「中国人ではなく、台湾人」は反している。

「台湾、ポストコロニアルの身体」

「台湾、ポストコロニアルの身体」丸川哲史(著)より
  • 戦後の台湾において統治主体の転換に際して発した言語政策の転換、およびエスニック・アイデンティティの相克に焦点。
    1987年の戒厳令以降の台湾社会の変容のプロセスを文化論的に記述
  • 1940年代後半の台湾社会の政治的混乱、および暴力的な2.28事件に焦点。
    台湾人が歴史的暴力を如何に受け止め記憶化していったかを主題化。
  • 邸永漢の小説作品を素材とした台湾人インテリの苦悩と「亡命」的な文学表現の質。
  • 香港映画「ブエノスアイレス」を通して近年の華人同士の交流とアイデンティティの変容(中華世界の分権化)を見る。
  • 台湾ニューシネマにみるポストコロニアル的課題と台湾人アイデンティティの変容
●台湾の多言語状況
  • 2.28事件以降本省人が外相人を区別する手段として用いられた日本語が台湾から一掃されていく。台湾語を地方語として抑圧する。国語普及運動
  • 台湾語を抑圧し台湾人と母語のつながりをも抑圧する。「鞭」と「罰金」による方言抑圧
  • 「ある言葉が独立の言語であるのか、それともある言語に従事し、その下位単位をなす方言であるのかという議論は、その言葉の話し手におかれた政治状況と願望とによって決定されている」(田中克彦)
  • 1945年以降の言語と政治との関係がエスニシティに関わる意識の動態化を引き起こしている。「クレオール語」(植民者の言語が先住民の言語と混ざって独自の言語となりその国の母語となったもの)が政治的歴史的「力」に即応した言語の屈折―変化といる事態・・・台湾の文化状況P29
    第1言語 第2言語
    戦前世代 台湾語 日本語
    戦後第1世代 台湾語 国語
    戦後第2世代 国語 台湾語
  • 世代間のコミュニケーション・ギャップ、表看板としては統一を掲げつつも本土化(台湾化)を推し進める台湾当局のヌエ的性格。
  • 日本語で作り国語と台湾語で年頭あいさつした李登輝の政治パフォーマンス
  • 「簡体字」(大陸)と「繁体字」(台湾)中華民国の名の身体性
●台湾人のアイデンティティ
  • 中華世界は一国的なナショナリズムのレベルに収まりきれない多様性が潜在。
    冷戦構造の解体と経済のグローバル化によって中国の複数化・流動化が触発。香港、シンガポールを含めた中華圏、東南アジア北米の華僑などの相互交流の活発化、p44
  • 化外の地>>「金の卵を産む存在」>>親と子の関係、日本人や中国人に強姦される「女性」の比喩>>クレオール性、父性の欠如
  • 中華世界の雑草としての台湾:「雑草」は自然界における物質代謝の合理性を突き詰めた純粋な最先端でもある。
    起源としての土地や血統にこだわらない「雑草」として間に生えていくこと、己の「身体」をクレオール化させていく中華世界の先端たることを固定すること。

<台湾のアイデンティティ>大地と農耕を捨てて海を求めて走り出し、今日コンピュータと貿易によって奇跡的な高度成長をとげた。p52

●邸永漢のこと
  • 直木賞作家、「密入国者の手記」亡命の軌跡、台湾に住む人々のアイデンティティを分断する深い裂け目
  • 「濁水渓」邸永漢の自伝的作品―――植民地時代および植民地以後 p127
    韓国の場合には、日本統治時代に日本の側に立って働いていたものがそのまま中枢に残り脱植民地化の主導権を握った。
    そのためポスト植民地権力を批判する側の民衆はかつて日本に協力していたその為政者を「反日」的に憎む。
    台湾の場合には、台湾の脱植民地化の主導権を握ったのは、植民地の経験を持つ本省人ではなく、抗日戦争を戦い、国共内戦に敗れた中国国民党であった。
    国民党の台湾における圧政、脱植民地化の失敗に反感を持つ本省人は、むしろかつての日本統治に対して、遠近法的には捩じれた形で好感を持ってしまう場合が多い。
  • p134 血と土地とアイデンティティ「もう私には国家もない。民族もない。私は永遠に地球をさまようユダヤ人になるのだ」
  • 日本の統治を受け、さらに大陸に由来する国民党によって再植民地化されたという意識をもった台湾の日本語世代からみると戦後(光復後)の台湾とは、まさに「何者にもなれない」時代であり、もう一方で、そこから逃亡した亡命者とは、否定的事態を「何者にもなれる」方へと逆転しようと試みる者である。p140
  • p170邸永漢の香港亡命、「ユダヤ人になることが目標」、「労働嫌い」は土地を持たぬ亡命者の生存形式そのもの。
    この「ユダヤ人」とは、見知らぬ土地で生き抜こうとする者にとっての、土地(固定資本)なしで生きていくための「したたかさ」を表現する象徴的記号。
    商品交換社会への転身
●一度も自らの運命を選べず、常に外来支配に翻弄された台湾人の悲哀。
●李登輝時代の総統直接選挙制度以降、台湾を占領し支配するための「外来政権」であった国民党が、台湾を基盤とした政権に脱皮して、台湾統治のお墨付きと正当性を得た。
台湾人による台湾へと衣替えしつつある。
ポストコロニアルの身体は、人種的な混血や文化の複合性を認めながら、方向性は中華世界からの遁走に向かっている。