中島岳志(著) 「ヒンドゥー・ナショナリズム-印パ緊張の背景」

鷹揚の会: 平成22年3月例会
開催日: 2010年3月26日
レポーター: 小川眞一

著者: 中島岳志
1975年大阪生まれ。
大阪外国語大学(ヒンディー語専攻)卒業。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科博士課程修了。
学術博士(地域研究)。
京都大学人文科学研究所研修員、日本学術振興会特別研究員を経て、現在は北海道大学大学院法学研究科准教授
1992年12月、ウッタルプラデーシュ州アヨーディヤーにおいて「ラーム生誕の地をムスリムから奪還せよ」という掛け声のもと、先鋭化したヒンドゥーによるモスク(バーブリー・マスジット)の破壊が行われ、多数のムスリムが死傷した。
この事件の起きたアヨーディヤーという町は、『ラーマーヤナ』に描かれる主人公のラームが誕生した地とされ、ヒンドゥー七大聖地のひとつ。 モスク破壊事件を主導したのは、VHP(世界ヒンドゥー協会)・RSS(民族奉仕団)を中心とする「サング・パリワール」に属する人々。
この事件によって大きな注目を集めた彼らは、インド内外で、偏狭なコミュナリズムを振りかざす「ヒンドゥー・ファンダメンタリスト」(ヒンドゥー原理主義者)と規定され、さまざまなメディアや知識人たちから強い批判を受けている。
しかし、このRSSやVHPの活動に参加する人数は、年を追うごとに増えつづけ、彼らを最大の支持母体とするBJP(インド人民党)は、1998年に政権を奪取するに至った。さらにこの政権の首相にはRSSと深い関係にあるA・B・バージパイーが就任した。(1998.5-2004.5)
*RSS:民族奉仕団。1925年に創設されたヒンドゥ・ナショナリズム団体。
1948年マハトマ・ガンディーに暗殺に関係したとされ非合法化。
1975年インディラガンディによって再度非合法化される。
1980年以降インドで急速に組織を拡大。

序章 ヒンドゥ・ナショナリズムの現場から
*「ダルマ」とは、社会秩序を保つ「規範」、宇宙の秩序を保つ「真理」、「全宇宙の根底にあるもの」を意味し、更に、「宗教」「宗教的義務・行為」、人倫を保つ「善」「徳」などの意味をも含んだ概念P46、「ダルマ」は日常生活の諸行為にはじまり、地域共同体や市民社会における人間関係、更には政治や経済の領域における諸問題などに対して全体的な指針を与える概念P259

  • 伝統的な共同体が崩壊し、確固たる自己アイデンティティが持てず、街には物質的欲求をくすぐるさまざまなモノが溢れ返る現代社会はこの「ダルマ」を見失っておりそれを回復しなければならないとする。
    個々人が自らのダルマに従って生活し、ダルマを果たすことがヒンドゥーにとっての重要な生きる規範である。P47
  • マックスウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の原理」から:「世俗化し合理性や効率性のみを追求する近代社会が「精神なき専門人」と「心情なき享楽人」という二分的な人間を作り上げてしまったことへの警告」「信仰を失った保守主義者は単なる近代主義者ではないか」(現代日本の出口でもある)
  • 生きる意味を問わず、その時々の楽しさという「強度」を求めて「終わりなき日常」を生きていく成熟した近代社会の生き方への違和感。
  • ラーマーヤナにおける無私の奉仕の精神。
    奉仕の精神は国家へ献身的に奉仕する。
    「強靭で規律のとれた体」を作り上げる必要性を説き国家のために献身的に尽くす規範的国民をつくるイデオロギ・・・・(「教育勅語」のようなもの?)
  • 近代主義の限界:「近代という時代は、ひたすら物質的豊かさを享受することにまい進してきたことによって、自己本位的な人間を大量生産してきた。
    このような現代だからこそ、もう一度インドの伝統を見直し、他者に対する犠牲の精神をよみがえらさなければならない。」P66
  • 「戦う勇敢な男」と「官能的なパクティを捧げる女」 「パクティ」とは、クリシュナなど特定の神に親愛の情を身体的に表現し礼拝を行うこと。
    ラームやクリシュナなど特定の神を最高神として絶対的帰依を行う信仰。
    神への信愛行為やグル(師)に対する身体的献身行為。
    パクティは神やグルを一心に想起することであり、私利私欲を捨て去ることが肝要とされる。
    ハマヌーンを唱える讃歌「ハマヌーン・チャイサー」ではハマヌーンの無私の献身が美しく詠われ詠唱者は純真な奉仕者としてのハマヌーンの姿を思い描き我欲を滅ぼし神へのパクティに専心することを目指す。
    歌、芝居、踊りにより宗教的理念が語られる。
第2章 ムスリムとの対立
16世紀ムガール帝国のインド支配以来のイスラムの優先支配とヒンディーとの共存があったがイギリスの分割支配植民地政策によるムスリムとヒンドゥーの分離政策、更にパキスタンとインド分離独立で加速した経緯が背景にある。
[最近の事件]

  1. 2001.3 バーミヤン石仏の破壊、タリバーンへの強い反発
  2. 軋みだした南アジア:アメリカとの外交関係を強化していたが、アメリカのアフガン政権の締め出しとパキスタンとの関係を急速に強化する覇権主義を警戒。
  3. 2001.10.1 ムスリム過激派による州議会襲撃テロ事件
  4. バングラデシュでのヒンドゥー教徒への住民暴力事件と強硬派イスラーム路線(BNP)
  5. 2001.12.13 国会襲撃事件(パキスタン・テロリスト集団)、BJP政権の強硬姿勢
  6. バーミヤン石仏の破壊:
    • 1992.12 バーブリー・マスジットモスクのヒンドゥー・ナショナリストによる破壊
    • 跡地に巨大ラーム寺院の建設する計画案(RSS/VHP)
    • タイムリミット2002.3.12とアフガン問題、国会襲撃テロ
    • 2002.1.21-1.27 VHPのヤートラー(巡礼の旅)を実施(デリーからアヨーディア650km)
    • アヨーディアは、ラームが誕生したヒンドゥーの聖地。
      アヨーディアのバーブリー・マスジットを破壊してラーム寺院を建設することはヒンドゥーのダルマ(義務)である。・・・ジハード対ダルマの戦いP115-P124
    • ハマヌーンの軍隊となってラームに奉仕しよう。・・・宗教的儀式(身体パーフォマンス(演ずる)と政治的流用
    • 連立政権BJPの迷走と穏健的現実路線vs過激派VHPの孤立
    • 北部4州議会選挙とBJPの惨敗
    • 2002.2.27 グジャラート列車放火事件から暴動へ(ムスレム暴徒との諍い)
    • 約束の日(2002.3.15)への対応・・最高裁審判にゆだねるBJP(2002.3.13)・・・地鎮祭は禁止され敷地外で礎石を捧げるVHP・・・RSS/BJP/VHP間の亀裂
    • マトゥーラ、バナラシなどの他のモスク跡地へのヒンドゥー寺院建設計画に波及
  7. 2008.11ムンバイ同時多発デロ
    *「ヒンドゥトゥウ」ヒンドゥーたるべき本質・原理を意味する。
    「ダルマ」に基づく倫理規範やそれに基礎づけられた生活様式なども含有する概念として提示され、言語的、地域的、宗教的、カースト間、階級間などの表層的差異を超え、インド人を根底から統合する概念とする。
    しかし、同化や画一を強要はしない。「真理は遍く一つであり宗教の違いは、同じ真理の別の形での現れに過ぎない」とするインドの伝統的発想。

    • P151 独自のセキュラリズム(世俗主義):(非宗教主義)・・・国家宗教は持たない憲法。
    1. 「信仰の自由」・・・真理は一つ
      • 宗教を公的領域から排除し私的領域に限定する(西洋の「信仰の自由」)
      • 自らの「ダルマ」を認識し、それに従って生きることで宇宙全体と一体化することを理念の核心とするRSS・・・宗教の私的領域への限定化は「ダルマ」の原理を空洞化する。
    2. 「平等の原則」・・・特定の宗派を差別的に扱ったり優遇したりすべきではない。
      マイノリティの権利保護・優遇は植民地支配の構造を普遍化しようとする行為であると批判。
      政府の留保政策(低カーストの優遇)を批判。
    3. 「特定の宗派の信仰に基づく政治の否定」・・他宗教に不寛容なイスラーム政治を批判。
      ヒンドゥーは、原理主義的ではなく、他宗教にも寛容なもの。
      偏狭な「セム的一神教」イスラーム教、キリスト教を批判・・・ムスリム、クリスチャンとは異なる。「他者化」
      *身体パーフォマンス(演ずる):個々人の身体と母なるインドの大地の連続性を説き、その認識に基づいて讃歌を斉唱する。
      土地と身体の有機的な繋がりの認識は、インドの世界において個々人のアイデンティティと密接に係っている。(近代西洋は自己の存在根拠を認識理性に求めている(「我思う故に我あり」))P160
第3章 RSSの諸活動
創始者へードゲワールが1925年に設立。
インド西部地区のバラモンで国民会議派の急進的活動家。
政治活動よりも日常のシャーカー活動を優先して人格形成を基礎とする文化的組織としてスタート。
1980代以降急速に組織を拡大

  • シャーカー活動:(1)「肉体訓練」(2)「知的訓練」(3)「対話」の3つの要素を柱として構成される活動で、毎日、朝・夕の2回、決まった時間に決まった場所で行われる。「肉体訓練」には、整列・行進、ヨーガ、武術、インドの伝統スポーツ、ランニングなどがあり、(2)の「知的訓練」では、宗教訓話や独立運動の志士を讃える話を指導者が語り聞かせ、全員でヒンドゥーの賛歌やマントラを斉唱する。
    (3)の「対話」では、指導者との問答や全員参加での討論が行われる。)・・・整列・行進による人間の規律化、近代社会での時間管理、メンバーの一体感・連帯感の向上、オープンスペース、観客に対するパーフォマンス。P32
  • RSSの組織:総裁-総書記(議長)―副書記―各部門長(「全インド肉体訓練長」「全インド知的訓練長」「全インド財政長」)―各地方組織(州、管区、県、郡、市の支部)(「伝道者」の指導下における「献身者」メンバー)
    「中央執行委員会」・・・RSSの活動の運営や財政を統括
    「全インド代表者会議」・・・活動計画の総括と今後の計画・方針を決定
  • サング・パリワール:RSSが母体で設立されたヒンドゥ・ナショナリズム団体の総称
    1. BJP(インド人民党):1950年に結成された政党、1980年より政権与党、総裁A.B・ヴァージパイーは前インド首相
    2. VHP(世界ヒンドゥー協会:ヒンドゥーの聖職者協会、過激派、ヒンドゥーの協議の統一化・画一化を推進、海外ネットワーク(アメリカ・カナダ)、・・・下部組織にバジュラング(「ハマヌーンの軍隊」の意)、ならず者の若者の武闘集団、低学歴で粗暴、ムスリムやクリスチャンに対する敵意の強い暴力的集団をかかえる。
    3. 学校、福祉団体、労働者団体、学生組織、女性組織など:
      • 子供の教育はインドの文化や文明の発展に重要であり、子供達にインドの「土地や先祖」とのつながりを保持させるための教育を行うべきだ。P178
      • 歴史教科書の書直し運動:イギリス人たちは「歴史を書くこと」を占有することによってインドを支配しようとした。
        インドの歴史は植民地時代にはイギリスのオリエンタリスト達が、独立後には共産主義者により書かれた。
        西洋中心主義的な歴史教科書を批判P189
      • サンスクリット語を話そう:ヴェーダなどのヒンドゥー古典籍はサンスクリット語で表記されているが、現在のインドで日用語として使用する人はいない。(ヨーロッパのラテン語の位置づけ)P190
      • 複雑な言語状況、ヒンディー語(北インドで普及)、ベンガル語、マラティー語、タミル語、カンダナ語など。
        ヒンディー語(「インド・ヨーロッパ語族」)の国語化推進運動は、南インド(「ドラヴィダ語族」)が反対。
        RSSはサンスクリット語の普及運動。(ヒンディー語で「文化」を意味するサンスクリティの再興を目指す)P192
      • 欧米文化の流入に嫌悪感を示す運動、反バレンタインデー・キャンペーン(攘夷)P194
      • 経済活動団体の主張:WTOへの批判や外国企業への抗議。
        インドへの技術移転を伴わない外国企業の流入を「インドからの富の搾取」として批判。
        「スワデシー」(自国製品の生産とその愛用の精神の重要性)を訴える。P206
      • 個々人が献身的に職業労働に重視することこそが「国家への奉仕」となり「母なるインド」に献身する主張。
        「ダルマ」を国民規範運動へと矮小化P207
第4章 ナショナリズムの台頭
  • なぜ観光客を騙すヒンドゥー教徒:「ウチ」と「ソト」の意識の分断。
    「ウチ」の領域と認識しているイエや地域共同体では非常に倫理的な人間だがそこからはみ出した「ソト」の世界では騙しを平気で行う。
    分断された倫理P215
  • 近代宗教としてのヒンドゥー教:イギリス人オリエント学者によるインド研究(サンスクリット古典籍研究)、古典学者によってつくられた「公的インド社会観」P216
  • キリスト教(イエスキリストによる創唱宗教)と異なりヒンドゥー教は開祖のいない自然宗教(神道と同じ)。
    「聖書」とは違う。明確な宗教原理が存在しない。
    日常のお祈りや儀礼をしたりする生活実践としての「ヒンドゥー」。
    体系化された「ヒンドゥー教」ではなく「場としてのヒンドゥー」。
    イギリスのオリエント学者が信仰の体系化した。口伝の「ヴェーダ」の文典が文字化、対象化された。(インダス川西側のムスリムがインダス川向こうに住む自分たちとは違った信仰をもった人たちの総称だった「ヒンドゥー」)・・・(前近代の日本における神道のでは、江戸後期の国学者たちが体系化)
  • イギリスの二分法統治:政治経済のような「非宗教」な事象に関わる領域を啓蒙的イギリス人「公の善」が担うべき領域とし「宗教」に関わる領域を不干渉の領域と設定した。
    宗教と結びつく相続や婚姻に関する法はヒンドゥーにはシャ―ストラなるヒンドゥー法をムスリムにはイスラーム法を適用。
    日常生活は各コミュニティの慣習法により社会が機能。
  • ブアフマ・サマージ運動:英語教育によって西洋的近代制度や理念を吸収したヒンドゥーのエリートたち(改良派ナショナリスト)による「あるべき姿のヒンドゥー」の復興運動。
    あるべき理想のインド」をサンスクリット古典籍に求める一方で教育によって吸収した西洋的近代の理念を指標として自己を客体化し、インドの現実社会に改良を加える。
    「ダルマが危機に瀕した状態」「古代の理想社会からの堕落」サティ(寡婦殉死)、幼児婚、寡婦再婚禁止などの風習は古典的ヒンドゥー(シャーストラ)には含まれていない「悪習」として改革。
  • 改良派ナショナリストに対抗して西洋的教育を受けない多くの支配カーストたちは固有の権益を保守する守旧派による「インドの伝統」を慣習堅持。
    「インド的なるもの」を守ろうと対立。
    「ソト」の領域=物質的領域/「ウチ」の領域=精神の領域と設定・・・「インド的なものの領域」
  • ムスリムのヒンドゥーへの再改宗「シュッディ運動(浄化運動)」に反発、「牡牛保護運動」からヒンドゥーとムスリムの差異の実体化、宗教別アイデンティティが確立、19世紀インド社会集団が断片化した。P223
  • 近代リベラリズムの立場からインド独立を求める:西洋近代の平等の原則に基づいてカーストを否定しさらに宗教的な差異を超えた平等なインド国民を形成することにより統合を進める「近代的ナショナリスト」(ネルーなど)P226
  • 「普遍的ヒンドゥー主義者」:近代リベラリズムを限界ある概念と認識し全人類に普遍的な宗教概念によって超克する。
    オーロビンド・ゴーシュ:西洋思想とインドの思想を自らのヨーガの実践を通じて統合し、人類全体の救済を目指した。
    青年までイギリスで教育を受けたインテリ(究極的実在である絶対者ブラフマンを「有」・「知」・「歓喜」の三つの原理の統合として捉え、これをヨーガの実践として自己の内に体現することが重要と説く。これを体現した「超人」が人類の救済に携わることによって全世界が聖化される。)
    しかし、この不二一元論(宇宙の根本原理であるブラフマンは個人の主体であるアートマンと同一でありそれ以外の一切は存在しない)に基づく普遍主義的志向性は、パクティ(神への親愛行為)的な宗教意識が優位を占める民衆のレベルの信仰とは大きく乖離。
  • 「ヒンドゥ・ナショナリズム」:B.G.ティラク、「カバティの祭り」の組織化、エリート中心的な反英闘争に大衆を動員する歌唱隊の運動
  • 「ヒンドゥー・マハーサバー」の結成:ヒンドゥー的シンボルや理念をインド国民統合の基礎に添えて民衆の団結と組織化をはかる「ヒンドゥ・ナショナリズム」、RSSの設立とシャーカー活動。
  • ガンジーのカリスマと政治力による全インド的反英独立運動へ
  • 「インド・パキスタンの分離独立」1947,48:宗教やカーストなどがインド・ナショナリズムの精神的アイデンティティを支え、インド人を差異づけた。
    一方民衆の参政権獲得により「世界最大の民主主義国家」となる。
  • 政府は、特定のカテゴリーに属する人の社会進出を促す高等教育入学許可数、公益雇用、議員数などを一定の比率で優遇する「留保制度」を施行・・・カースト制の追認と固定化。
  • 宗教の領域と政治・経済社会の領域が分化された植民地的構造は「ダルマ」の規範が機能しない「倫理規範の限定化・分断化」が進行。
    「一党優位体制」における収賄や汚職の温床となる。
  • ヒンドゥ・ナショナリズムの台頭とBJPの政権奪取:1989年代以降のRSS勢力の拡大。
    上位カーストの不安感を吸収し反留保運動を活性化させる。
    分断化された「ダルマ」の包括性を回復・再生することにより制度化された汚職の構造を解体。
  • 経済発展と人々の不満: 1990年代の経済自由化、外国製品流入と購買意欲、「新中間層」の台頭、低所得者層と保守層の不満と反発・・・伝統回帰の志向性、「自然と調和的なインドの伝統を見直そう」P236
  • 国際政治の動き:冷戦崩壊による価値の流動化、中国の勢力拡大、イスラーム復興の気運の高まり・・・・インドにおける大国意識・・・ヒンドゥ・ナショナリズムの拡大
  • カースト・ポリティックス、政治腐敗の進行、メディアの発展、市場開放、新中間層の台頭、消費主義の拡大、都市への人口流入、国際政治の変化が引き金となる。
第5章 現代インドの現場からの問い(リベラリズムの限界と宗教復興の可能性)
  • 宗教復興的心性・・・「ダルマの復興」を希求する心性、・・・アイデンティティ
  • ISKCON(国際クリシュナ意識協会)・・・クリシュナ信仰を基盤とした教団、都市中間層のヒンドゥーたちの宗教復興現象、(付録参照)P252
  • 「公の領域」においては合理性の追求が最優先され「私の存在とは何なのか」という存在論的問いや信仰の問題は周縁的なもので放棄されてしまった。P256
  • 近代啓蒙主義に基づく植民地支配をイギリスがインドにおいて行い、そこで成立した植民地的構造を独立後のインド社会が継承していったために、「ウチ」と「ソト」の分断が構造化し、「公の領域」における「倫理の崩壊」が深刻化した。現代インドにおける宗教復興現象は、近代啓蒙主義によって植え付けられた近代システムに対する、根源的な批判を内包した思想的潮流。リベラリズムの限界
  • 他宗教との「分かち難い差異」を前提とした相対主義を基にして施行されたイギリスの分割統治が宗教間の差異を顕在化させ、インド人間の宗教的アイデンティティ・ポリティックスを強化させた。P257
  • 「ダルマ」の概念を基に近代リベラリズムやデモクラシーの体系を新たに組み替えている。
  • 宗教の多様性と真理の不変性の問題を山登りにたとえて説明。
    さまざまな道あるも目指す山の頂きは同じ。
  • ヒンドゥ・ナショナリズムの問題は、宗教復興から逸脱した「ヒンドゥトゥ」(ヒンドゥー原理)という名の価値をムスリムやクリスチャンに強要して均質なヒンドゥー・ネイションを創造しようとしている点。
    西洋的近代を強く批判しながら、逆にその「近代的なるもの」を強化するベクトルである。
    一元的に国家に従順な国民を育成しようとする近代的ナショナリズムの動きである。P261
  • 疑似宗教的イデオロギ-による少数者への抑圧になっている。
    世界に普遍的な理想に到達しなければならない。「バラバラでいっしょ」
    Think Globally, Act Locally.(地球規模で考え、地域単位で行動せよ)
感想:
印パ緊張の背景との副題あるがインド内部の事情についての記述が中心でパキスタン側からの調査記述が少ないのがやや残念であった。
この紛争は、イスラエルにおけるキリスト教徒とイスラム教の宗教戦争と同類の長い歴史を持つ宗教戦争でもある。
分離独立政策は、アラブ人に主権を認めさせながらイスラエルの地にユダヤ人に入植させるイギリスの二重支配(バルフォア宣言など)と同様の植民地政策の後遺症である。
ヒンドゥ・ナショナリズムの台頭を語るがイスラーム原理主義も伸張しており長期化は免れない。
ナショナリズムの定義については、議論白熱するところであるが、その国の歴史や国土の特徴や、民族の体験の特質や、国語の問題があらわれる。
単独では機能せず、つねに何かとの連環をなして、時と所と人によって姿を変える。また、そこには、「政治の論理」と「美の論理」とか「内破」と「外破」などのデュアリズムがある。
中島が著書で使う「公の領域」「ソト」(政治・経済の領域)と「私の領域」「ウチ」(宗教の領域)の二分法もそのデュアリズムの一つであろう。
「ウチ」の領域では倫理的に振舞う人間も「ソト」の領域では騙しあいをする。
イギリスは「公の領域」のみを啓蒙し「私の領域」は不干渉としてインドを支配してきた。
植民地・半植民地された従属地域では、まずは民族の解放が最優先の課題であった。
インド独立運動の初期においては植民地主義に対抗するためにヒンドゥーとムスリムは共闘していた。
イギリスは狡猾に分断政策をとった。
ヒンドゥー教は、土着の宗教であり多くの固有の神様がいる。
日本における神道と類似している。
インド人のシヴァ神やヴィシュヌ神などの多くの神々は、日本の八百万の神々への信仰と似ており動物を神様にする点も似ている。
象の形をしたガネーシャ神に人気が高い点は狐を祭る稲荷信仰が今も強いことと類似する。
ヒンドゥ・ナショナリズムの基礎になるラーマーヤナは神道ナショナリズムにおける古事記であろうか?
戦時中に”海行かば”の古代歌が軍事に使われた部分は、天孫降臨の物語が使われた点もラーマの叙事詩やハマヌーンの戦闘をシャーカーおけるRSSの使い方と似ている。
神道と仏教とは対立する時代もあったが概ねは日本の長い歴史のなかで共存共栄してきた。
インド近代の場合、ヒンドゥー的な伝統的価値が立ち現れ、肉食・飲酒の西洋文化に対して不殺生と禁酒というビンドゥー的倫理やそのシンボルとしての聖なる牝牛が前面に押し出され分断に利用された。
イギリス人のみならずより身近なムスリムも牛肉を食べることが対立を醸成する結果となった。
政治化して対立が激化した各々のナショナリズムとなった。
しかし、ヒンドゥ・ナショナリズムの近来のテロの決起行動において、日本における神風連の乱や2.26事件にあった深い思想性、煩悶する苦悩、主情性が見受けられず、妙に淡白であり皮相で滑稽に感じるのは何故であろうか?
文化的死生観の違いかあるいは著者が書けなかった部分であろうか。
再考してみたい部分である。
インド人は自然や大地を大切にする固有の信仰も日本人と似ている。
インドは東よりも西に近い「中洋」という梅棹忠夫の見解もあるがイスラム教やキリスト教の一神教とは違う日本人と共通した文化的連帯感があるように思われる。
人は生まれ育った地域やそこの文化、生活習慣に対して愛着を持つものである。
自然との共生や身体と大地の連続性を重要視する精神姿勢は、砂漠の狩猟民族が好む金融資本主義とグローバル化する社会の中でインド人も日本人も違った形ではあるが固有のものとして長く続くものと思う。

付録
*「ラーマーヤナ」のあらすじ
古代インド、コーサラ国の王城アヨーディアでは、三人の王妃に四人の王子が生まれそれぞれ立派に成長した。
宮廷内の陰謀により14年間にわたり宮殿を追放された王子ラーマは、絶世の美女シータ妃をともなって森に隠棲していた。
そんな折、森の悪魔を退治したラーマは、魔王ラヴァナの怒りをかい、妻シータを誘拐されてしまう。
猿軍の協力を得てシータの救出に向かうラーマ。
しかし強力なラヴァナ軍と戦闘中にラーマの弟ラクシュマナは瀕死の重傷を負う。
このとき猿軍の将ハヌマーンが天駆けてヒマラヤに飛び、薬草の生えた山をそのまま担いで運び、ラクシュマナの命を救う。
やがて、ラーマ軍は天の武器を使ってラヴァナ軍を倒し、アヨーディアに凱旋する。
ラーマーヤナ物語
*インド神話と動物:

  1. ヴィシュヌの化身である魚・亀・猪、象顔のガネーシャ
  2. 部分的に神性を持つ動物。猿のハヌマーン、蛇の精霊、(クリシュナに退治された毒蛇もあれば、ヴィシュヌを守護するアナンタという蛇、蛇は神性と邪性を行き来する動物)
  3. 神さまの乗り物。高貴なお方(神さま)は自分の足では歩かない。
    シヴァ/牛(ナンディー)、ガネーシャ/ねずみ、ムルガン/孔雀、(ムルガンは、シヴァの息子、ガネーシャの兄弟) パールヴァティ/獅子

*ヒンドゥーの神々

ブラフマーブラフマー
「世界の創造を司る」。しかしながらブラフマーが活躍する物語は少ない。「ラーマーヤナ」で羅刹ラーヴァナに特権を与えてしまった。

サラスヴァティサラスヴァティ
ブラフマーの神妃。弦楽器のヴィーナを持つ姿で描かれる。ブラフマーと同じく、あまり活躍の物語はない。日本には弁財天として伝わった。

ヴィシュヌヴィシュヌ
「世界の維持を司る」とされる。ヒンドゥーの7、8割はヴィシュヌ派。特に信奉者はヴィシュヌの額に描かれる長細いU字を額に描く。化身がたくさんあり、ラーマもそのうちの一つ。またクリシュナとしては絶大な人気を誇る。

ラクシュミーラクシュミー
富と幸運の神さま。左の絵姿では、両手から金貨がこぼれ落ちている。秋のお祭りディワリでは、富を祈ってラクシュミーを迎えるべく無数の灯明をともす。この灯明は魔王ラーヴァナを倒したラーマ凱旋の道を照らす意味がある。ヴィシュヌの数ある化身に寄り添う配偶者、恋人はラクシュミーの化身。

シヴァシヴァ
「世界の破壊と再生を司る」とされる。シヴァがヒーローとして大活躍する物語は多数ある。普段はヒマラヤで瞑想している苦行者なのですが、いざという戦いのときの力強さ、勇猛さが魅力。

パールヴァティパールヴァティ
シヴァに深く愛された女神。ドゥルガーやカーリーなどの「戦う女神」と同一視される。シヴァとの愛の物語、ドゥルガーやカーリーとして悪魔との戦いの物語などがある。

*そのほか人気の神さま

ガネーシャガネーシャ
シヴァとパールヴァティの息子。商売と学問の神さま。物事の始まりにあたって障害を取り除く大人気の神さま。

ハヌマーンハヌマーン
「ラーマーヤナ」で忠実にラーマに仕える猿。神格ではないが、人気が高く、崇拝の対象になっている。額にはヴィシュヌ=ラーマの信奉者として細長いU字模様が描かれる。

*インドの言語
インドでは約800以上の言語が話されており、国語が存在しない。
人口約10億人のインドには、21言語が憲法上の連邦公用語であるが一般の人は、自分たちの住む地域の言葉しか知らない。
古くからさまざまな民族が流入し土着の民族と混血を繰り返してきたインドは、多くの民族国家である。
しかしそれぞれの集団で使用される言語を中心として、アーリア民族、ドラヴィダ民族、アウストロ・アジア語族、チベット・ビルマ語族の四つのグループに大きく分けることができる。
アーリア民族は北インドを中心に広がり、ドラヴィダ民族はインド南部、アウストロ・アジア語族は南北インドの分水嶺であり、デカン高原の北端ヴィンディヤ山脈東部に、そしてチベット・ビルマ語族は主にアッサムやネパール国境近くに分布している。
国は、それぞれの地域、あるいは民族にその言語を公認している。
法律の正文や全国規模での公用語はヒンディー語と英語である。
各州での公用語は一種類とは限らず数種を採用している州もある。
現在インドには28の州とデリー首都圏と6つの連邦直轄領があるがその中で西ベンガル州は、ベンガル語とネパール語、デリーでは、ヒンディー語とウルドウ語とパンジャブ語、アッサム州は、アッサム語とベンガル語とホド語をそれぞれ公用語としている。
連邦直轄州のポンディチェリでは、フランス語、タミル語、英語、テグル語、マラヤラム語が公用語となっている。
人それぞれの立場によって必要に応じていくつかの言語を操っている。
英語がはばを利かせている。
デーヴァナガリー文字で書かれたヒンディ語を国語にしようとする国語問題あるが難航。
インドの上流家庭では、子供のころから英語教育を主流にする学校に入り、家庭内でも英語で会話がなされる。(ガンジーも英語教育受けてイギリス留学)
インド英語の特徴として、独特の発音、インド式イディオム、ヒンディー語の混入、平板なイントネーション、書き言葉の小難しいボキャブラリーなどが挙げられる。(他メール記)
*ヒンドゥー教の二つの顔:
神そのものにかかわる信仰規範と社会生活上の社会規範の2面がある。
ヒンドゥー教は、多神教であるがブラフマー(宇宙の創造神)、ウィシュヌ(宇宙の保護神)、シヴァ(宇宙の破壊と再創造の神)を3つの最高神としている。
フラフマーは存在感がない。
ヴィシュヌ神は一見紳士風なるも底知れない。
シヴァ神は躍動する実在感がある。
その妻は美の象徴とされるパールバティ女神である。
ヒマラヤ地方の「山の神」で「豊饒の神」であった。
神々の物語の裏には世俗世界の規範があった。
バラモン集団の積年の規範「マヌの法典」による社会規範。
ヴァルナ(身分)制社会の提起(後のカースト慣習)、バラモンを頂点とする身分制社会の理想化。
女性はヴェーダ時代以下の存在であるシュードラと同等であり3つの従の「美徳」が説かれた。
女は幼少時には父親に、婚姻後は夫に、老後は子供に従うべきという哲学。
家父長制社会の固定と男性の優位社会が理想社会として設定。現政府は国教化を提起。
*インドについての体験と印象

  1. 何故かよく働く。よく働くが貧しい。(ダルマ)
  2. カレーが好き(朝昼晩)手は食後に洗う。(右の浄は太陽信仰から)「東を向いたときの南」
  3. 仏教徒でなくてもあいさつは合掌する。
  4. アチャーの連発(Wellの意)、首を横に振るYES
  5. 生真面目、几帳面、細かい(領収書 km)
  6. 数字に強い。記憶力良い。図表に弱い。
  7. 動物好き(牛、犬、猫は最高)
  8. 自然との共生、豊かな精神生活
  9. 水に注意(遠来の客をもてなす心)
  10. 発信主義・・・自己主張強い
  11. ゲストハウスと高級ホテル(一泊300円or 3万円)
  12. 身体と大地の連続性・・・踊る宗教、ヨーガ、アーユルヴェーダ
  13. リキシャでのネゴ(価格は相手次第)・・蛇人形

*中国との比較

インド 中国
言語 多言語のまま使用 新中国漢字で統一
海外ネットワーク 印僑(特に旧英領、大洋州) 華僑(インド以外)
食べ物 菜食主義、瞑想的、不殺生、禁酒 何でも食べる。酒は長寿薬
自然 自然との共生 人力的、万里の長城
対日感情 親しい、文化的連帯感 悪い、東夷、共産党評価
政治 地方分権、民主的 中央集権、強権的
自尊心 強い。精神文化の優越、自己礼賛 強い。中華思想
覇権 ムガール帝国、内向き 明王朝、外向き

*「文明の生態史観」梅棹忠夫著より

  • インドではイギリス人は一般に尊敬されている。価値体系の転覆は起きていない。
  • インドの官僚主義・・責任回避、不親切、形式主義、非能率 (空港出国時の経験)
    (長い植民地支配で自己の決断と努力の結果が自己の身の上にみのりとなってかえってこないような社会ではきびきび働けない)
  • 「インドは東洋ではない。中国を中心に発展してきたわれら東洋諸国とは、本質的に文化的伝統を異にする世界である。インドはむしろ、もっと西のほうのイスラーム的世界とこそ、歴史を共有するものである。・・・インドが西洋すなわちヨーロッパ的世界に属さぬことはあきらかである。この東洋でもなく、西洋でもないインドは中洋である。」

*インドにおけるイスラムの歴史
1016 カズナ朝マフムードによる聖地マトゥーラの支配
1024 聖地ソームナートの支配
1192 ゴール朝スルタン・ムハンマドが北インドヒンドゥー教徒諸侯連合軍を撃破して北インド支配(タレイランの戦い)
1206 ゴール朝武将アイバクがデリーを都として奴隷王朝樹立、以後5王朝が交代するイスラム・デリー王朝の時代
1526 ムガール帝国が北インドを征服 (1959年アウラングゼーブ帝による聖地バナーラスの破壊、1669年聖地マトゥーラ・ケーシャブデーバ寺院の破壊)
現在のパキスタン、バングラデシュではほとんどはイスラム教徒である。
インドを含め南アジアでは4人に1人はイスラム教徒である。
イスラム教が広まった原因:

  1. インド洋沿岸におけるアラブやペルシャ商人の影響
  2. 13世紀の北インドに始まるイスラム教徒の諸王朝による支配
  3. スーフィの布教活動

インドを征服したイスラム教徒の軍隊が仏像の顔面を削り取ったり、ヒンドゥーの神像を破壊したことはよく知られる。
また、ヒンドゥー寺院をモスクに立て替えたりした。
しかしそれらは征服戦争にともなう一時的なものであり、征服した土地の民衆を強制的にイスラムに改宗させるようなこともほとんどなかった。(「知っておきたいインド・南アジア」歴史教育者協議会編より)
*南インドの各国別人口別宗教(外務省HP2001)

  • インド: ヒンドゥー教80%、イスラム教13%、キリスト教2.3%、仏教0.8%、ジャイナ教0.4%
  • パキスタン:イスラム教100%(国教)
  • バングラデシュ:イスラム教89%、ヒンドゥー教9.2%、仏教0.7%、キリスト教0.3%
  • スリランカ:仏教70%、ヒンドゥー教10%、イスラム教8.5%、キリスト教11.3%

以上